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    • 2013.05.04 Saturday
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    ひとりぼっちのジゃイアン

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      スエチビが、もう支援学級の教室に行かなくなったので、
      あの教室とあまり接触もなくなった。
      支援学級に、とても乱暴な生徒がひとり居て、
      その子はあまり学校へは来ないのだけれど、
      スエチビと一緒のときは、スエチビに乱暴なことをしていた。
      スエチビはとても怯えていた。
      もしかしたら彼は、スエチビのことがとにかく気に入らなかったのかもしれない。
      スエチビが支援学級に行かなくなって、彼が学校へ来ることが多くなった気がする。
      一人生徒が減った分、先生の声かけが増えたせいかもしれない。
      本当のところは、なにも分からないが、彼が学校へ来れるようになったことは、
      喜ばしいことだと思う。
      そして、スエチビが彼と接触しないで済むようになったことは、
      わたしをほっとさせる。


      この子がいったいどういう理由で、特別支援学級に居るのか分からない。
      去年、ツギロウのクラスが交流学級だったので、
      そのときの様子を聞けば、特に教室を歩きまわるでもなく、乱暴を働くでもなかったようだ。
      そして、みんなとドッジボールをしたりして遊んだという。
      わたしが勝手に思うに、周りの目があればおとなしくしていて、
      支援学級だと甘えて、反抗的になってしまうのではないだろうか。
      何かのうっ憤を晴らしているのかもしれない。


      先日のおはなし会のときも、落ち着かなくして、反抗したり乱暴な言葉つかいになったり、
      教室から勝手に出て行ったりして、みんなを驚かせてしまった。
      これまでに居ないタイプの生徒なのだ。


      昨日も、ツギロウの忘れ物を届けると、その子が、授業中にも関わらず、
      廊下を歩いていたけれど、きっと勝手に教室から出てきているのだろう。
      だからといって行くところもなく、しばらくすれば支援学級の教室に戻るしかない。
      転校してまもなく学校へ来なくなってしまって、
      これまでに仲の良い友人をみつけることはできなかっただろう、たぶん。
      いつもひとりぼっち。
      この年齢から、こんなにさびしそうで、この子はこの先どうなっちゃうのだろうか。
      何がどうして、こんなことになってしまうのだろう。
      誰にも手に負えなくて、放ってしまわれているようにも見えるのだ。
      彼の心にちゃんと向き合ってくれる信頼できる大人に、
      いつか彼が出会えますように・・・と願うばかりだ。
      ただ、支援学級という閉ざされた空間に居て、特別なレッテルを貼られていて、
      人との出会いも狭まっていないだろうか。。。(~_~)


      「同じ」なはずのみんなも今は

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        一気に冬に近づいた。今朝はもう、風が冷たかった。
        このごろは、残暑が厳しいくせ急に季節が進むので、
        秋を味わう時間が短くなった気がする。

        冬になるとパラパラめくりたくなる文庫本がある。
        この短編集の中で、もっとも印象に残っているのが、
        『じゅんちゃんと北斗七星』だ。

        じゅんちゃんとは、語り手(僕)の幼友達だ。
        お隣同士で同い年で、ずっと一緒に大きくなった。
        そのじゅんちゃんと僕が小学校に入学する前から、
        3年生になったじゅんちゃんが、
        結局他の学校(たぶん特別の学校)へ転校していくまでを、
        大人になった僕が少しずつ紐解くように語っている。
        大人になったから、子どものころの『(・・?』が繋がることってあると思う。
        そうして、子どもだったがゆえに、上手く説明できなかった気持ちも、
        今だから言葉にできるということがある。
        結局は、もう遅すぎるのだけれど・・・
        後半、僕はこのように語っている。
        (以下、抜粋です)

         じゅんちゃんがいなくなったあと、僕たちはみんな同じように大きくなって、
         おとなになった。でも、中学時代にも、高校時代にも、大学に入ってからも、
         じゅんちゃんみたいにみんなと同じことができずに、
         そこで置いてきぼりになってしまう奴はいた。
         ずっと「同じ」でありつづけた僕たちも、おとなになったいまは「一緒」ではない。
         どうせこうなるんだと最初からわかっていたなら、
         じゅんちゃんのように「違う」友だちもずっと「一緒」にいればよかったのに、
         という気がするのだ、いまは。


        僕が言うように、子どもの頃はみんな一緒に大きくなるんだと、
        私たちも、きっと今の子どもたちも思っているだろう。
        そんな風に教育されるのだもの。
        だけど、結局、それぞれ違って、同じでなんかない。
        大人はみんな知っている。
        ならば、どうして大人たちは、
        それを知ってもなお、違う色の子を違うと色分けするのだろうか。
        そのほかに手立てはないものだろうか。。。


        今日、ツギロウが、
        「特別支援学級って、昼休みに外に遊びに行くのに、
         わざわざ先生に言って行かないといけないの?」
        と訊ねてきた。
        「そうだよ。いちいち教室に戻らなくちゃいけないしね。」
        とわたしは答えた。
        なぜそんなことをツギロウが訊ねたのかというと、
        特別支援学級のある子どもが、それを守れなかったと叱られていたのを、
        たまたま見かけたのだそうだ。
        その子は、留守家庭にも行っている子だから、きっと留守家庭にお友だちもいるし、
        同じタイミングで遊びに行きたかったのかもしれないなぁ〜
        ってわたしは思った。(<ホントにそうかは知らない)
        とにかく、給食を食べ終えて、みんなが「わっ」と校庭へ走っていくタイミングというのは、
        子どもの頃を思い出せば、どんなに重要かと解るだろう。
        タイミングを逃せば、昼休み中、みんなの遊んでいる場所を探し回るとか、
        ひとりで時間を持て余すということにもなりかねない。
        子どもにとっては、短くて、とてもたいせつな時間、それが昼休みなんだヽ(^。^)ノ


        木を見て森を見ず

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          特別支援学級に入ってからというもの、
          つらい事の連続だった。

          足が悪いので、一時的に入っただけのつもりだったのに、
          すっかり知的障害児のような扱いをされた。
          通常学級には、給食と音楽と体育くらいしか入れてもらえなかった。
          まったく経験させないで、最初からすっかり通常学級と分けられてしまった。
          スエチビの状況を考えれば、どちらかといえば、
          「体育以外は通常学級でいいんじゃない?」
          と、誰もが思うところだが、なぜかそれは認められなかった。

          それは、最初の国語の授業の前日のこと。
          スエチビを入れてくれないのが分かったときだ。

           「教科書をスラスラ読めるか分かりませんが、
            ゆっくりなら読めるし、座っているだけで危なくはないので、
            授業に参加できると思うのですが・・・」

          なんて、特別支援学級の担任にやんわりお伺いを立ててみたところ、

          なんと、

           「いいえ、他の生徒さんに迷惑をかけるって場合があるのですよ」

          と、ちんぷんかんぷんな返答をされた。

          今思えば、ここで既に、知的障害児のレッテルが貼られてしまっていたのだったorz

          だから、どんなに話しても、相手にされず、
          あげくのはて、

           「発達教育センターが、特別支援学級の生徒と判定したお子さんですからね!」

          と言い放たれてしまったorz


          これが、入学して間もないときに起こったことで、
          それ以降、どんなに払拭しようにも拭い去れず一年生を終えたorz



          このレッテルを貼られると、通常学級の生徒と同じように見てもらえない。
          何かにつけて、「知的障害のせいだろう」と結びつけられてしまう。

          では、精神的な病気は何も持っていないというのに、
          なぜ、そのように見られなければならなくなったのだろうか。
          それは、知的検査の結果が正常値でなかったからだ。
          いわゆるボーダーライン(グレイゾーン)と呼ばれる域だった。
          しかし、「障害」というのは、もっと著しくあるべきで、
          本当に当事者が苦しんでいるものだと思う。(だからこそ、そこに手助けがほしいのだ)
          よって、このラインの子どもたちを数値だけでもって、すべて「障害」と呼んでしまうと、
          ちょっとおかしなことになってしまう。いろいろと不都合が出てしまう。
          しかし、当人にとっては不都合なんてもんでは済まされない。
          授業に入られず、集団でのルールを何も学ばないで学校を卒業することになる。
          こんなことをして、よいのだろうか。
          子どもたちの一生を、そのような数値のみに頼って決めてしまってよいのだろうか。


          では、通常学級の生徒たちを見てもらいたい。
          それぞれに好きなこと、嫌いなこと、得意なこと、苦手なことがあり、
          うっかりやさんもいれば、しっかりものもいる。
          勉強のできる子もいれば、できない子もいる。
          十人十色、様々なのだ。
          この中に、スエチビが入ったとして、どこをとって他人と違うと言いきれるのだ。


          特別支援学級に居るととにかく、これが出来ない、あれが出来ないと、
          出来ないことばかりを指摘され、苦しめられる。
          まるで重箱の隅をつつくようにつつかれる。
          たとえ他人以上に出来る部分があったとしても、
          そのことすら、障害との関連性を疑われるだろう。
          今は、発達障害という厄介な病気も取りざたされて、
          何が何でも障害児を創り出そうとしているふしがある。

          しかし、その発達障害というものが、
          ぱっと見では気づかなく、誤解されやすいうので、
          専門家の方々の、見逃してはいけないという気持ちも分からなくはない。
          ただ、やはりどれほど困っているのか、苦しんでいるのかが、
          判断のポイントになるべきで、指数ありきではいけないと思うのだ。


          もっと全体的に見てほしいと思う。
          昔から、「無くて七癖」と言うではないか。
          知的検査のデータを見るにしても、それはただの指数でしかなく、
          実際に、本人がどれほど困っているのかいないのか、
          それほど学習に弊害を及ぼしているのかいないのか。
          慎重に見てほしい。聞いてほしい。学校へも問い合わせてほしい。

          スエチビの場合、ちっとも弊害を感じていない。
          指数が低いのは、知識の点だが、
          花の名前や動物の名前のようなものは、
          興味がなければ入らないし、興味を持てはいくらでも詳しくなれる。
          つまり、今後どんなにでも力をつけていけるだろう。
          また、別にすべてにおいてポイントをとれないとして、
          一体何が困るのだろうか。
          チューリップも知らないおじさんなんか、珍しくもないではないか(笑)

          何もかも平常値ないといけない考え方は、本当にやめてもらいたいなぁと思う。
          それで「知的障害児」扱いされたのでは、たまったものではない。


          スエチビは、学年に応じた漢字を覚え、算数を答え、日記を書き、
          図工をして、体育も楽しんで、毎日をとても充実して過ごしている。
          それらの現実にまったく目を向けないのが、どうにも首を傾げたくなくところだ。
          先日の相談中、検査データを見ながら、
          「ぼっちゃん(スエチビのこと)は、不器用なんですか?」
          と訊ねられた傍らで、スエチビは折り紙を折っていた。
          「いえ、どちらかというと器用ですよ。」
          なんて言う気もおきなかった(笑)


          実力検定テストの結果

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            「2年生の実力検定」という名称のテストが返ってきていた。
            なんと100点満点だった。
            内容は、国語の読み取りテストのようだ。

            授業内容のテストならば、授業に参加したか否かで結果も左右されるが、
            これは実力テストなのでそれも関係ない。
            そんな条件で、100点満点なのって素晴らしいと思う。

            これが、あの仏頂面の校長先生から、
            「学習遅延ってことも考えられる。」
            なんてひどいことを言われたスエチビの実力だヾ(>▽<)o


            言いたいこと(^o^)丿

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              特別支援学級というのは、どうしてこうも学習を軽く見るのだろう。
              学習よりも生活面をとばかり唱えるが、
              生活面で教えるべきことは、親が教えます!
              と言いたい。

              いつだったか、スエチビにはじめてのおつかいをさせた話をしたら、
              担任の先生の目が輝いた。
              その直後、特別支援学級(スエチビ所属)で、
              スーパーへ買い物に行くという授業が加わったorz

              あの目の輝きは、このひらめきによって放たれたものだったorz


              なんだって、家庭で出来ることを学校の授業に取り入れるのだろう。
              学校なんだから、学校でしか出来ないことをやってくれればいいのに。。。
              たとえば、スエチビ以外の生徒に必要なこととしても(そうとも思えないが)、
              なぜ、それにつき合わされなければいけないのか。
              それも、通常学級の授業を差し置いてまで(;一_一)
              我が家は、十分に足りています!
              と言いたい。


              来週は、そんなことやらなんだかんだで、
              通常学級の授業に参加できない。1週間丸つぶれになる。
              その間、通常学級の授業は進むというのに、お構いなしだ。
              それなのに、
              「通常学級に移ったら、去年のように学校を休むことは許されませんよ!
              授業についていけないですよ!」
              とか言ったね校長!
              授業に遅れるのなんか、お構いないなのは、そちらの方ですね
              なんて、言ってみたい(0ノ*)


              前日調理への警告

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                特別支援学級には、学校に宿泊するという行事がある。
                学校には宿泊設備はないので、ほかのクラスがそのようなことをすることはない。
                いったい、どうしてそんなことをする必要があるのか、さっぱり分からない。
                たぶん、それが以前からの慣わしなので、
                毎年同じようにやっているだけの様子。

                では、こんなヘンテコな行事は、やめてしまって、
                もっと意味のあることをすればいいのに。。。と思う。


                宿泊する日は、これも例年に習いカレーライスを作るらしい。
                保護者が前もって、野菜を下ごしらえしておくらしい。
                前もってというのは、どれくらい前だろうか...ヽ( ´_つ`)ノ ?
                去年は、びっくりした記憶がある。
                そのうえ、カレーは、食べる前日に作るらしい...ヽ( ´_つ`)ノ ?
                ここでも、去年びっくりした。
                当日は、ご飯を炊くだけにしておきたいらしい...ヽ( ´_つ`)ノ ?
                そこで思い出した!
                去年は、前の週か週のはじめに、カレーつくりのリハーサルもしていた。
                つまり、その前はしばらく、カレー一色となる。
                それも、夏野菜カレーで、ピーマンまで入っていた。
                煮込まれたピーマンは、なかなか不気味だった(笑)
                ピーマンのことはともかく、
                前日の昼間にカレーを作っておき、翌日の夕食に温めて食べるのは、
                食中毒が心配だ。
                これについては、
                「去年がそうだったから、去年の通りにします」という、
                自分の意志の欠片もない説明なので、突っ込みどころがなかったヽ(;´Д`)ノ




                ウェルシュ菌は、
                ヒト、動物の腸管内、土壌、下水などに広く分布し、食品汚染の機会が多い。
                市販の食肉や肉類加工品、魚介類冷凍品などからも、
                かなり高い頻度で検出されているので、日常的に存在する菌だ。
                食品中でおびただしく増殖した生菌を食品とともに摂取することによって発生する。
                病原大腸菌、腸炎ビブリオらが、食品中で産生した毒素によるものに対し、
                少し様子が異なる。
                もっとも特徴的なのは、ウェルシュ菌食中毒は、発生したら規模が大きい点だ。
                わが国の大規模食中毒発生原因菌の中では、
                病原大腸菌、腸炎ビブリオに次いで3位という。
                一度に大量調理する施設から発生することが多いため、「給食病」とも呼ばれている。


                問題は、この生菌が増える過程にある。
                この菌は、嫌気性で、酸素を好まない。
                そして、100℃で4時間加熱しても死滅しない芽胞がある。
                それら、残った芽胞が厄介なのだ。
                カレーやシチューなどは、粘性もあるので、
                その中心部は、酸素を好まないこの菌にとって心地よい環境となるだろう。
                また、冷めにくい点からも、菌を増殖さえるのにはもってこいということになる。
                食品の温度が50℃〜55℃あたりがもっとも増殖しやすいそうだ。

                これらのことも踏まえて、
                文科省の「学校給食の衛生管理の基準」の中でも、
                前日調理は行わないこと としている。
                 

                特別支援学級は、少人数であるため、大量調理には値しないようだが、
                他職員も多数、この行事に参加するようなので、
                くれぐれも用心をしてもらいたいものだ。
                冷蔵庫で保管するということだけれど、
                どのような方法で冷ますかが、とても重要だろう。

                このような危険な橋を渡るくらいならば、
                当日調理したほうが、よほど安全なんではないか と思ったりする(≧m≦)


                食べることは、命に直結している。
                すべての人が、原始的な意味では、生きるために食べている。
                食べ物は直接体に取り込むものだ。
                一歩間違えれば、直接病気も引き起こしかねないということを肝に銘じておくべきだ。
                つまり、食べ物を他人に提供するということは、
                その人の命を預かっているのと同様なのだと考えるべきだ。
                その点を、あまく見ている人が、多いと感じる。


                『おはなし会』もはずされる

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                  読み聞かせボランティアでは、各学年をまわって『おはなし会』をする。
                  この『おはなし会』の時間も、特別支援学級の生徒ははずされる。


                  スエチビは、日常的に通常学級の国語を受けているのに、
                  おはなし会(国語枠)だけははずされる。
                  授業中、動き回るわけもない。 <そのような障害は持っていない。
                  話を聞かないでもない。 <むしろ、絵本もお話も大好きだ。
                  だけど、そんなことはお構いなしで、『特別支援学級』だから、入らないのである。
                  スエチビだけではなく、『特別支援学級』の生徒はみんな、
                  その時間は『特別支援学級』の教室に戻される。


                  わたしは、こういう時間こそ、むしろ大切だろうと思う。
                  同級生たちと一緒に、同じ話を聞いて、笑ったり、神妙になったりしてもらいたい。


                  特別支援学級の生徒の中には、落ち着きなく動き回る子も居るかもしれない。
                  または、お話に入り込んで、ついつい言葉が出てしまう子も居るかもしれない。
                  だけど、別に、特別支援学級の生徒でなくとも、そういう子が居るかもしれないし、
                  居たって、構わないではないか と思う。
                  大切なことは、同じ場所で一緒の空気を吸いこむことだ。


                  「いいよ、いいよ。そのうち、聞くようになる、なる。」
                  これは、ある幼稚園の園長先生の言葉。


                  思えば学校って、
                   「こうでなければならない」ことが多いよなぁ〜(~o~)


                  授業参観は分けられる

                  0

                    国語も算数も、通常学級で授業を受けているのに、
                    授業参観になると、入れてもらえない。
                    その時間は、特別支援学級でも授業参観をするからヽ(;´Д`)ノ

                    1学期は、このタイミングで、『ひっ算』の導入と重なった。
                    とっても重要なところなのに、はずされるなんてヽ(;´Д`)ノ
                    ほかでも、月1回のクッキングのときは、はずされる。
                    こういうの、不公平だと思う。
                    せめて、国語、算数ははずさないでもらいたいもんだなぁ〜(~_~)

                    この件、特別支援学級の担任にも伝えたけれど、
                     「はい、そうですか」
                    と、それだけで、聞いちゃくれない。
                    特別支援学級って、いったい。。。(~_~)


                    だいいち、親としては、
                    通常学級での様子がいちばん気になるところ。
                    本人は不安がってもなく、よっぽど楽しそうにしているし、
                    学習でも、家で見ているかぎり困ってそうにない。
                    連絡帳でのやりとりでも、問題ないよう。
                    だから、たぶん大丈夫だと思うけれど、
                    こういうときだけはずされるのは、心外だ。
                    せっかく他のママたちとも会えるのに、懇談会も外される。
                    こういうときこそ、話を聞きたいのに、すっかり蚊帳の外なんだもん(~_~)
                    かなじぃ(/_;)


                    誤解をばら撒く恐れ

                    0

                      始業式の日に届いた時間割に、だいっ嫌いな交流会の時間があったので、
                      いきなり憂鬱になったかあさんだった。


                      かあさんは、交流会に参加させるのが耐えられない(>_<)
                      このごろは『発達障害』の言葉がひとり歩きしてきて、
                      とうとう『特別支援学級=発達障害児』の観念が一般化してしまった気配を感じる(>_<)
                      こうなると、いよいよ我慢できなくなった。


                      発達障害児と理解しておいてもらったほうが、
                      当事者には都合がよいのかもしれない。 <本当は、どうなのだろう(・・?
                      しかし、そうでない者が、発達障害児と誤解されてしまうなんて(>_<)
                      こちら側の当事者としては、甚だ迷惑な話だ。
                      交流会で各クラスを巡って、自己紹介して、
                      自らそういう誤解を拡散させていくなんて(>_<)

                      では、自己紹介で、
                      「特別支援学級に居ますが、発達障害ではありません(^o^)丿」
                      なんて説明するのもねwwwww(;一_一) <先生に提案してみようか(≧m≦)


                      校内(先生、保護者を含む)で、
                      「スエチビ君、特別支援学級だったよね。 ってことは、発達障害児?」
                      って疑いは、少なからずあるだろう。
                      くれぐれも、このまま広がらずに留めておきたい。

                      「あああああ、これはかあさんの不手際で、
                        スエチビは、発達障害児ではなくてwwwww」
                      と、弁解してまわるわけにもいかないから(~_~)


                      しかし、
                       「発達障害を理解しましょう(*^▽^*)」とか
                       「大人でも発達障害が隠れている!!」などという広告は、
                      果たして、良いことなのだろうか。

                      先日も、ある話し合いの席で、ひとりの人が、
                       「わたしって、あっちこっちに興味が向かって、落ち着きないのよね。
                        これって、多動症かしら。娘もそうなのよ。
                        これって、今よく言われている隠れ●●かな って思うよ。」
                      と、悪気なく話されていた。


                      そんなに、あっちこっちに隠れ発達障害や、隠れアスペルガーが存在するならば、
                      その病気自体、もう病気ではないじゃないか?
                      障害と言うのは、もっと著しい状況のことだと思う。
                      もっと、当事者は、苦しんでいるのだと思う。


                      このブーム、このままにしておくと、いずれ、
                      「個性=発達障害」になる日が来るかもしれない。
                      おそろしやwwww(>_<)


                      認められたいアピール

                      0

                        2年くらい前だろうか。
                        ツギロウが祖母からこの本を買ってもらって、
                        ひたすら紙で折ったり切ったりつなげたりして作るクワガタが、
                        超リアルで驚くのです。
                        付録の紙はすでに使い尽くして、折り紙や落書き帳の紙で作る今日この頃。
                        最近は自分のためというより、スエチビに作ってあげるのだが、
                        スエチビが遊んでほっぽっていると、かあさんが掃除する。
                        そこで、またせがまれて作ってあげるの繰り返しだ。

                        そしてこのごろは、
                        スエチビも兄を真似て作るのだけれど、そう上手くはいかない。
                        我流で、切ったり貼ったりして、なんとか立体にしようとしている。


                        先日、スエチビの担任の先生と話したとき、
                        「このごろこんなことして遊んでいます」的に、その話をしたら、
                        「それは、1学期の終わりに交流学級で、
                         紙をいろんな形に切り抜いたり貼ったりする授業をしたので、
                         その流れでだと思います。」
                        だってさ。

                        そうかなぁ〜(・・?
                        そうじゃないけどなぁ〜(;一_一)
                        と思ったけれど、
                        「そうなんですね。おかげさまで、ありがとうございます。」
                        ってことにしておく。


                        特別支援学級の先生ってのは、何かにつけ、
                        学校のおかげまたは、先生のおかげのアピールがすごいんだ。
                        子どもは学校でしか何の経験もしないと、勘違いされいているようだ。
                        学校でも家でも、いろいろなことを経験して吸収しているというのに。
                        それは、大人の感覚よりもはるかに濃度が濃いと思うんだよね。


                        去年の先生も、この点だけは共通していて、
                        どうやら、特別支援学級の先生になると、
                        保護者に認められたい気持ちが、より強くなるんじゃないかって感じる。
                        それは、相手をする生徒数が極端に少ないし、保護者も少ないし、
                        それなのに、保護者の目は他のクラスより光っているわけだし、
                        緊張感とかストレスとか凄いのかもしれない。
                        そのうえ、難しい学級なのに、授業は難しいことやっていないし、
                        そもそも教師の仕事としては、イレギュラーというか面白みがないのかも。
                        ていうか、ストレスいっぱいなんじゃないか。
                        それに、たったひとりで、孤独だろうな。


                        しかし、どれだけ「ありがとうございます」って言っても、聞こえていないかのように、
                        自分がどれほどスエチビと関わって、
                        そのせいでどれほど成長したかをアピールし続けるんだよね。
                        それで、結局相槌は、「ありがとうございます。」なんだけれど、
                        ちゃんと認めているんだけれど、
                        一体その言葉は、彼女には届かないんだろうか・・・(~_~)



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